2011年11月15日
越前竹人形 (水上勉)
越前竹人形。
福井県の山奥の寒村で、生計を立てるために始めた竹細工加工業から生まれた竹人形作り。
その寒村で竹細工を始めた嘉左衛門の息子嘉助は、父親と男女の関係にあった玉枝を嫁に迎え、竹人形作りに邁進する。
嘉助の手による竹人形は京都や大阪でも好評を博したのだが・・・
雁の寺に比べると、少し長いせいもあってか、途中、玉枝が京に行って奔走するあたりが少し筋を追うだけになってしまったが、もちろん全体を通しての物語はとても素晴らしいし、最後はとても儚い。
儚いし、なんともやるせない。
文章で表現された越前竹人形がどのような人形なのか、ネットで探したところ、今の竹人形はこのような感じだそうだ。

この竹人形の話を、このような物語に紡いでしまう水上勉氏の創造力にはまいってしまう。
さらに、最後の五行。
今日「越前竹人形」と名づくる真竹製の量産品が市場に出廻っているけれど、これらの製品は、この物語に出てくる竹神部落と何ら関係はない。
今日の竹人形が、いわゆる嘉助人形の後継であるかどうか、作者は詳らなことは知らない。
しかし、南条山地を分け入った竹神部落にゆくと、椿の花の咲く墓所の周囲を取り囲む雑然とした竹藪が、風にそよいでいる。
いわせる、五行ではないか!